「やめやめ!こんな風に沈んでたってあかずきんは喜ばないわ!そうだ、川で涼んで来よう」
 思い立ったが吉日、ヘンリエッタは窓から飛び出す。お転婆をしたい気分だった。
 靴を脱いでスカートをからげて、川の浅瀬に足を浸す。さらさらとした水底の砂と、ヒンヤリとした川の流れが気持ちいい。パシャパシャと水面を騒がせると、まだ眠っていなかった魚が顔を出して泳ぎ回る。
「あ、魚さんごめんなさい。捕まえたりしないから安心してね」
 ビックリして逃げ惑う魚たちに声をかける。あかずきんなら本能的に追いかけまわしそうだが。くすりと笑って想像してみる。耳をピンと立て尻尾を勢いよく振りながら、びしょ濡れになって魚を獲る。そして捕まえた獲物を両手で持って元気いっぱいな笑顔で自分を呼ぶのだ。
「お〜い、ヘンリエッタ〜!!」
「そうそう、こんな感じで…って、ええ!?あかずきん!?」
 向こうから川の上をピョンピョンと跳ねてくるのは、赤い頭巾をかぶった、それ故にみんなからそう呼ばれるあかずきんだ。ジャンプに合わせて揺れる焦げ茶の髪から同じ色の三角の耳が覗き、時折後ろからこれまた焦げ茶のふわふわの尻尾が顔を出す。
 どうやら川の水面より上に出ている岩から岩へと、次々に飛び移っているらしい。
「あかずきん、危ないわ!」
「平気だって!待ってろよ、すぐそっち行くからな!」
「止めっててば!結構この川深いんだから!!」
「だから大丈夫だって、てうわぁ!?」
「あかずきん!!…てきゃあ!?」
 あかずきんが大きな水柱と音を立てて勢いよく川へ落ちる。慌てて駆け寄ろうとしたヘンリエッタも相変わらずのドジを発揮して、水草に足を取られて水中へと顔をつっこんだ。幸い浅瀬で流れも緩やかだったのですぐに自力で起き上がる。少し川の水を飲んでむせてしまうが、咳き込みながらもあかずきんの姿を探す。
「ヘンリエッタ!今、そっち行くから大人しくしてろよ!」
 バシャバシャと水をかき分け、水飛沫を上げながらこちらへ泳いでくるあかずきん。ちなみに泳法は犬かきだ。
「ケガないか!?あーもー無茶しやがって、びしょびしょじゃんかー」
「もう、それはこっちのセリフよ!それにそっちだって水浸しじゃない」
 泳ぎ方こそアレだが、猛スピードで一直線にヘンリエッタのもとに辿り着いたあかずきんは、脇目もふらずぎゅうと抱き締める。お互い相手のことを言えないくらい濡れネズミだ。だからこそヘンリエッタも気にせずにあかずきんの背に手を伸ばす。濡れて重たい尻尾がバタバタと何度も腕を叩いた。
 お互いの体温が温かくて、何よりも会えた喜びで水の冷たさなど気にならなかった。が、思わずくしゃみが出たヘンリエッタをあかずきんが慌てて川から上がらせた。
「いくらなんでも無茶し過ぎなんだから」
「へへ、まあいいじゃん。それに毎日岩跳びの練習してたんだぜ」
「それでも、よ。今日は岸同士が一番近づく日っていうのは聞いたことはあるけど…」
 背中合わせで服の裾を絞りながら、口をとがらせた。
「え、そうなのか?」
 聞き捨てならないあかずきんの言葉に、思わず振り返った。きょとんと頬をかくあかずきんの肩を気付けばガクガクと揺さぶっていた。
「あ、か、ず、き、ん〜!!」
「ヘ、ン、リ、エッ、タ、落ち着けって。だってずーっと会えなかったんだ。どうやったって、何したって会いたくなるじゃんか」
 困ったように照れくさそうに、笑う。狼の耳はピーンと立って本当に嬉しそうだ。あまりにも真っ直ぐなあかずきんに、ヘンリエッタは何も言えず足下へ目を逸らした。
 無茶をしたことは怒っている。これ以上ないほどに。けれど嬉しいのは自分も一緒だ。諦めたように頬を緩めながら、その純粋な笑顔を見上げ、ふと気がついた。
「あかずきん、あなた、背伸びた?」
「ヘンリエッタ、お前、縮んでないか?」
「縮まないわよ!…やっぱりあかずきんの背が伸びたんだわ」
 そこまで大きく伸びた訳ではないが、一年ぶりということもあってその変化は大きく感じる。以前と同じ角度では目を合わせることが出来ない。
 そっか、と嬉しそうに笑う顔は朗らかで、相変わらず可愛いと思ってしまう。けれど間違いなく、記憶の中にある笑顔よりも格好よくなっていて胸がドキドキする。
 一年、この一年はとても長くて、まだ他にも変わったもの、育ったものが沢山あるのだろう。
 その中には勿論あかずきんへの想いもある。一年間も会えなかったのだからそれは仕方のないことだ。
「…あかずきん、あのね」
「ん、どうした?」
「大好き!」
 一年経って、もっとずっと想いは深く強くなった。
 告げる言葉の勢いに任せて、ほんの少し背伸びをして頬にキスをした。
 頭から真っ赤になった二人を、星々が祝福するように照らした。


「………」
「…あかずきん?」
「はっ…!ヘンリエッタ、お前…ずりぃ!」
「え、ず、ずるいって何が?」
「お前にしゃがんでもらわなくてもキスできるようになるっつってたのに、お前に先越されるとか…あーオレ、格好悪い」
「…そういえば、そんなことも言ってたわね。えーと、しない方がよかった?」
「いや、それはない!それはないけど…やっぱ、格好悪ぃ」
「そんなことないわ!…とーっても格好良くなったもの!!」
「…お前、やっぱ、ずるい」


 純粋とかいてピュアと読む二人は書いてて幸せな気持ちになりました。
 なんてったってコレ書く前にハーメルンといばらの王子書いてましたから…
 心が洗われた気分です。

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